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​温泉ドラゴン

流山児事務所に所属していた阿川竜一(現・筑波竜一)と阪本篤によって2010年結成。
阪本の出身地、兵庫県温泉町と筑波の出身地、茨城県土浦市の地名を合わせ、当初劇団名は「温泉土浦」となる予定だった。

しかし、漫才師のコンビ名みたいになってしまうと、ギリギリで回避。筑波の名前から「温泉竜」を経て「温泉ドラゴン」に落ち着いた。
当初メンバーはこのチンピラ俳優二人のみ。作家も演出家もいない。結成した途端、二人は途方に暮れることとなる。
そんなある日、かねてから筑波の飲み友達だった俳優、白井圭太と筑波が新大久保の赤提灯でホッピーを飲んでいた。

以下、泥酔した二人の会話。


「圭太さん、俺、篤と劇団立ち上げたんすよ」
「お、マジ?」
「はい。旗揚げ公演は二人芝居でいこうと思ってるんです」
「お、マジ?なにやんの?」
「いや、まだ決まってないんす。色々探してみて、もしいいのが無かったら自分たちで書こうと思ってます」
「お、マジ?書いたことあんの?」
「いや、無いすけど」
「お、マジ?ヤバくない?それ」
「気合いっすよ、気合い」
「もしよかったら、俺に書かせてみねぇ?その二人芝居」
「え?圭太さん、本書いたことあるんですか?」
「いや、無いけど」
「マジすか?大丈夫ですか?」
「気合いだよ、気合い」
「じゃぁお願いします」
こうして、阪本不在の飲み会で白井が本を書くことが決まってしまう。
後日、当然のように阪本が猛反発。
初対面の白井が
「いやぁ、酔った勢いでノリに任せて言っちゃったのよ。よろしくね阪本君」
と挨拶すると、阪本は顔を真っ赤にして激怒。
「なんすか!酔った勢いって!なんすか!ノリって!」
直後、白井が阪本に謝罪。
「劇団を辞めて新たな挑戦をする二人の思いに共鳴したんだ。ここではない何処かへ行きたい。今の自分ではない何者かになりたい。そういう二人の思いを掬いあげた本を書きたいと思う」
こうして、白井圭太はシライケイタとなり、温泉ドラゴン旗揚げ公演「escape」を書き上げる。
しかし、この公演を見に来た二人の師、流山児祥は激怒。
「つまらない。シライの本も酷い。お前ら、くだらない事やってないで劇団戻ってこい」
初日打ち上げの席でシライは流山児から延々数時間にわたり説教される。
しかし全く懲りずに翌2011年、第二回公演「birth」
あれだけ流山児からボロクソ言われたにも関わらず、二人はシライに再び脚本を依頼。更に今作からシライが演出も兼任。
そして、この「birth」が大ヒット。
キャスティングや演出を変えながら再演を繰り返す人気作品に成長。
2014年にはソウルの大学路で一週間公演を行うまでになった。
ソウル公演より、シライケイタといわいのふ健が正式に劇団員となり、ここから温泉ドラゴンが四人体制となる。
2015年、「birth」韓国三都市ツアーを敢行。
ツアー先の密陽(ミリャン)国際演劇祭で戯曲賞を受賞。
日本より先に、韓国で評価される。

そして2016年、新メンバー加入。
なんと劇作家の原田ゆうが五人目のメンバーとして正式に加入。
初めて、不良ではない男がメンバーに加わる。
劇作家協会新人戯曲賞や「日本の劇」戯曲賞最優秀賞など多数の戯曲賞を受賞している本格派。
シライが原田脚本の「君は即ち春を吸ひ込んだのだ」に出演したことが縁となった。
たった五人の劇団に劇作家が二人。しかも作風は全く正反対という極めて珍しい劇団として再出発を果たす。

「僕らは、肉体の存在そのものが持つ力強さを信じている。
言葉が世界を変えるかもしれないという奇跡を信じている。
ナチュラルを超えたところにあるリアルを信じている。
魂を揺さぶるものは必ず、強く、太く、切ないものなのだと信じている。」

四人体制時の劇団スローガンのようなものだが、原田が参加した現在、少し書き換える必要があるかもしれない。
「細く、繊細なもの」も魂を揺さぶることに気付いた、温泉ドラゴンである。

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